不思議な肩透かしに名前をつけたい

試乗する前と後の期待値とのギャップ

日々スマホのニュースを眺めていると、
車の製品情報などが目につき、ぽちぽちと眺めていることが多い。

そして、ムラムラと車買い替えたい欲が出て来るのである。

気になった車種の情報をメーカーホームページから調べ、
さらに
 CX-8 ブログ
とかって検索をし、第三者の評価をインプットとして、
総合的に判断していこうなどと思うわけである。

そもそも第三者の評価を気にしている時点で、負けだと思っている。
最近よく思うのは、第三者の意見を鵜呑みにして、
それをあたかも自分が選択したかのように思い込み、

あーいいもの買ったなー!

なんて、薄っぺらな感想をそこらじゅうにバラマキ、
数日経って、本当に自分が気に入った買ったのかどうかもわからなくなり、
愛着を持てなくなり、
また、買い替えたくなる欲求の虫が騒ぎ出すのである。

第三者の評価は、あくまで第三者の感覚でいいと思ったものであり、
それが自分にもあてはまると思うのは大きな間違い。

導入としてはいいのかもしれないが、それをベースにしてモノを買ういうのは
いかがなものかと提唱するのが、最近の自分の中でのはやりである。

結局のところ、それが好きであるという感情はその人の感性に依存しているのであり、
その人が良いと思うかどうか別。

そんなの当たり前じゃないか。

っという意見が聞こえてきそうだけど、
まわりと同じものを持ちたがる日本人の特性からして、
いやいや、当たり前とまではいえなくないか?
という気がする。
特に最近の30代より前の年代とかは多いのではないか。

逆に今の60代の人は、第三者の評価よりも、
単純に見て触って、いいと思ったものを買う傾向があるように思う。
※これは全く持って自分の偏見かもしれない

うちの親父もいいと思ったものを買っているので、
何を買ってもいつも満足そう。
あまり買って後悔をしたというのを聞いたことがないように思う。

なんだかよくわからないが、そういうことを書きたかったわけではないので話を戻すと、
気になる車があって、それについてさぁ明日は試乗しにでも行ってみようかな。
なんて思って、
その前日とかにしっかり予習を行い。
あーこれはすごくいい車だね。
明日はとっても良い日になる。明日はきっといい日になる。
なんて、思っていたりするわけだが、
実際に当日になり試乗にしにいって、隣に営業マンを乗せて試乗してみると、

あれ?なんか思ってたのと違うなー。
なんてことは2度や3度ではなく、遭遇しているのだが、自分だけか?

ほぼほぼ、前日の下調べて自分が想像している車のイメージを超えてくることはないのだが、自分だけか?

試乗してこれはいい車だなーっと思ったのは、
やっぱりレヴォーグで(これは別に今の車がレヴォーグだからとかじゃなくて、単純に試乗したときに矢のように走る車だなと思って、今まで乗ったことのない感覚だったので、びっくりしたっていう印象が強く残っている)、インプレッサもいい車だなと思った。
一方でWRXは別にそこまで感動した記憶はなかった。
っていうか今書いてて思ったが、下調べして乗ってる車ってマツダの車が多い気がしてきた。
マツダの車っていい車っぽい情報の煽りが多いのかも?
スズキのエスクード(1.6限定)も良いと思ったが、これは期待値がそもそも低かったのはある。
ホンダはあまり印象に残ってない。日産もしかり。
トヨタもしかり。

試乗する前に、あまり期待値を高めすぎると、逆にその車を試乗したときに
感動が霞んでしまい、なんだか微妙な気持ちになるのは自分だけだろうか。